現在代表を務める輕部さんは東京の町田市出身。東京でメーカーの営業職をしていたところ、創業メンバーである義父から「営業力を強化したい」と声がかかり、23年前に入社しました。白山市は奥様の故郷です。当時は農業への知識どころかイメージすらない中、奥様が地元に戻り生活できること、自身も東京の暮らしから離れたいと思っていたことが決断の理由になりました。
入社当時、既に6次化事業に着手しており、商品も出来上がっていました。一方で、人材育成や知見の集約など組織として成長するための基盤がまだまだ脆弱なことに気がつきます。「先代の知恵や技術を同レベルで引き継ぎ、農業を出来る人を増やさないことには事業が継続できない。販路も増やさなければ売上拡大も難しい」求められていた営業の部分だけでなく、新人採用や教育のほか、実験や検証を重ね、経験や勘に頼らずにデータで管理できる仕組みを構築します。企業の積み重ねをとりこぼすことなく、成長・発展するための基礎づくりに尽力しました。
当時はまだ「農家がつくった加工品は、味や品質が多少不安定でも仕方ない」と思われることがありました。しかし、納品時に商品に不具合があれば、信頼は損なわれるのは当然のこと。徹底して安心・安全な商品を目指しました。自分の田んぼで良質な米ができると持ち主はとても喜んでくれます。その方が田んぼに困っている近隣住人に六星の話を伝えてくれ、管理を依頼されることも多いです。この人づてに広がってきた信頼関係を裏切ることなく、これからも続くようにと、社内全体で高品質を守っています。
商品レベルの向上に伴い、ブランド思考の強い顧客を抱える大手百貨店バイヤーからも信頼され、卸事業の売り上げが倍増しました。また、販路が相手方に左右される卸売だけでなく、直売所も構えています。そこが地元の方の購入機会となり、売り上げを支えています。さらに観光客の方々にもお土産にしてもらえたらと金沢市にも約10年前から直営店を構え、地道に販路を拡大中です。
創業メンバーが会社の変化に対して柔軟なことが変革を促しています。創業当時から根底にあるのは「地域で農業を継続する」という課題。大規模の田んぼの管理を継続して受託し続けるために、販路を増やすこと。そして、あらゆるリスクを回避すること。全てをこの課題解決に繋げ対策を講じます。営業先=卸先を想い、選ばれるために必要なことを考え、実践してきました。会社の基盤づくりや販路を増やすなどの取り組みは、東京時代の経験があったからこそできたもの。新しい挑戦をしながら、万が一に備える姿勢で取り組んできました。
住所 | 石川県白山市橋爪町104番地 |
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代表者名 | 輕部英俊 |
作目等 | お米とお餅など |
従業員 | |
URL | https://www.rokusei.net/company/outline.html |
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