優良事例集

ありのままがおもしろい。新しい伝え方

北野農園/北野忠清さん/次世代継承
大阪南部、泉州地域を代表する特産品「水なす」。分かる限り明治時代から栽培される野菜ですが、繊細で傷つきやすいため、市場に出回らず産地で消費されていました。4、50年前の冷蔵物流発達に伴い、漬物が全国へ販売が広がりました。代々農業を営む北野農園も、現在の主力は水なすです。6代目の北野忠清さんは就農して12年。農業の面白さに目覚めて以来、自らが発信源となり消費者と生産者間にある認識の違い、意識の差を縮めようと、ラジオ番組や、夜開催のマルシェ「ベジナイト」、「茄子フォーラム」等、様々な活動を行なっています。

経営の課題への取り組みとは?


就農前はIT業界で働いていた北野さん。時折、実家を手伝うこともありましたが、単なる肉体労働で面白いどころか「嫌な場所だった」と当時を振り返ります。黙々と畑に向かい作業をする父、祖父の背中を見ながら、右も左もわからずにいると理不尽に怒られる。それでも、誰かがやらないと廃れていく現状に、長男の責任感から「自分がやるしかない」と就農しました。家族経営の典型で、休みがないことは珍しくなく「言わなくてもわかって当たり前」の状況に違和感を覚えました。家族だからこそ、もっとお互いを大切にできるのではないか。言葉に出して伝えること、目標や目的を「可視化」、「共有」する必要性を感じ、労働環境の改善を試みました。


目指した経営のビジョンとは?


北野さんの経営方針には手本がいます。20代前半に勤めた会社の社長です。北野さんは「自分は凄いと思っていた。なぜか自信があって調子に乗っていた」と当時を振り返ります。その社長は常に「お金と同じくらい人を大切にする」ことを実践する方で、若さ故の驕りを厳しく叱ってくれました。3年みっちり鍛えられ、今ではしっかりと北野さんの一部になっています。「人を大切にする」ことは農業でも違いはない、と自らもその姿を追います。しっかり働き、しっかり休み、感動を共有する−自身も従業員も「ここで働けて良かった」と思えるような職場でありたいと考えています。


農業への取り組みの中で気づいたことは?


就農当時、どう作れば売れるのか、父や祖父は何を考えて育てているのだろうと悶々としていました。祖父に聞くと「なすの顔を見たら分かる」返ってきたのは理解不能な返答でした。そこでスマートフォンのアプリ(タイムプラス)で1日中なすを撮影し、答えにたどり着きます。「じぃちゃんの言っていたことは本当だった!」なす1本1本に表情があり、ゆっくりと動いていたのです。野菜も生きていることが解り、愛着が湧きました。「畑は命を育む場所」今まで抱いていた嫌なイメージが一変した瞬間でした。そして農業の面白さに目覚めた北野さんは「新しい伝え方」で農業の楽しさを伝えはじめました。それは地元のラジオ番組で、地元の若手農家さんを自ら取材して紹介することでした。カマで野菜を切る音、風の音など農業の音を流すなど、斬新な農業番組に多くの方が惹かれ「それで、そんな風にして作られた野菜はどこで買えるの?」という声から始まったのが、夜のマルシェ「ベジナイト」でした。


面積を増やさず売上を向上させるためには


情報を発信続けた甲斐もあり、自社で始めた漬物の加工・販売は順調です。自社サイト中心の販売で、サイトも前職の経験から、ご自身で手がけました。コスト削減し収益増、畑の面積はそのままで4倍の売上と成果をあげています。加工場は奥様がリーダーを務め、細やかな気配りで現場をまとめてくれています。ご夫妻は小学校の同級生同士、奥様のご実家もご近所です。お子様が小さい時は奥様のご実家に預けたり、ご近所の子育て中の方にパートに来ていただいたりと、周囲からの協力を得ながら、働きやすい職場、良い商品、売上アップへ、とプラスの循環が生まれています。


事業継承したメリットや強み


農業を始めてから、地域のことにも興味を持つようになりました。伝統的な泉州水なすを始め、貝塚市に初めて植えられた極早生たまねぎ、今では京都の代名詞・九条ねぎも大阪発祥でした。歴史上で度々登場する地名もあり、そのような場所を残してもらえたことに感謝をしています。「この素晴らしい土地を受け継げることに誇りを持ち、後世に残していきたい」今後は子どもたちやスタッフ、より多くの人たちに伝えていきたいと考えています。好きは原動力。大好きな地元で、全力で農業を楽しむ北野さんは、畑から野菜たちと共に発信を続けます。

住所大阪府貝塚市海塚173
代表者名北野忠清
作目等水なす他
従業員
URLhttp://www.kitanofarm.com/

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