滋賀県立大学で地域文化を学び、いつかは自分自身が農山村に暮らしたいという思いを抱いていた山形さん。2012年の夏、大学時代の先生からたまたま誘ってもらったフィールドワークで奥永源寺に訪れ、政所茶に出会いました。
その頃、地域は高齢化が進み、生産面積はわずか2.5haほどまで縮小。約70軒の生産者がいるものの、専業農家はおらず、その文化はすでに風前の灯火でした。しかし、先祖代々から受け継ぎ、守りつづけてきた地域の人々の「ここまで守り続けてきたものを絶やすことが残念でならない」という言葉に胸をうたれ、何か手伝いがしたい、と立ち上がりました。
その後、滋賀県立大学の学生有志らとともに、借りた茶畑で栽培から収穫、販売、PR活動までを行い、2014年同地に移住し、3年間は地域おこし協力隊として活動。政所茶生産振興会という生産者組織を立ち上げました。
そして2018年、政所茶と人とつなぐ体験ツアーやPR活動を行う「茶縁むすび」をスタート。現在は、自ら茶畑で栽培するかたわら、振興会での事務局運営や茶縁むすびでの各種事業を手掛けています。
政所は、日本では2%ほどしか残っていないという在来種の茶樹が多く残されており、約600年前から変わらぬ無農薬・無化学肥料で栽培されています。これは、「川を農薬で汚したくない」という地域の人の思いから。手間をかけて育てられた政所茶は、香り高く、甘みを感じられる豊かな味わいです。しかし、手間がかかるために価格を下げることができず、一般的なお茶と同じように販売することが難しいと言います。
しかし、時代の波に流されることなく、在来種を残し、昔からの栽培を守り続けてきた地域の人々の想いにこそ、政所茶の価値がある。一般的なお茶とは戦えない分、その価値を認めてもらえる販路を築かなければいけない、と山形さんは言います。
そこで、イベント出店や体験ツアー、SNS、母校である滋賀県立大学での講義や実習を通して、生産者の想いを伝えています。商品の包装は小分けにし、まずは手に取ってもらうことを重視。自らが生産する茶葉だけでなく、他の生産者の茶葉も買い上げて、インターネット通販や海外との取引も行っています。2019年7月にはJAが取得主体となり、地域団体商標を取得。アメリカでのプロモーション活動や東京のスターバックスリザーブ®ロースタリーでの講演なども行いました。こうした活動が功を奏し、政所茶の認知度は徐々に上がっています。体験ツアーや研修、視察に訪れる人も増え、二番茶(7~9月)の季節には、3ヶ月で約150人のツアー客が来訪しました。
振興会を立ち上げたことで、これまで個々で抱えていた生産者の課題も共有できるようになりました。何より、生産者たちの意気が上がったといいます。後継者不足は依然として大きな課題ではありますが、「他産地には真似できないことをしている。ここで守り続けてきたことは間違っていなかった、という誇りを生産者の皆さんと再認識しながら産地のこれからを考えています」と話す山形さん。政所茶の昔ながらの栽培は守りつづけながら、次の世代にバトンパスができるように、一歩一歩前進しています。
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