1995年に起きた阪神大震災がきっかけで、食料がなかったことと、倒壊した住居を見て「衣食住」の食・住を人生の糧にしようと考えた高瀬さん。建築士として人が住む家に長年携わり知見を得られたので、次は食である農業を志そうと考えました。農業は、長年の経験と勘を培って一人前とされるイメージがあります。そんな農業を一つ一つ事象を科学し栽培する「サイエンス農業」をすることで産業化できるのではないかと考え、2009年に大分県臼杵市で、トマト、バジル、にんにく、ベビーリーフの栽培を始めました。
農業を始めてみたものの、潤沢な資金はなく環境制御や設備投資は行えない。その中で植物体の90%以上は水ではないかと考え、土の中の水分量に着目しました。土を握って開き、土の割れ方で土壌の水分状態を判断し、それに対して何分間の灌水をするという触診マニュアルを土質ごとに作成し、平準化することで安定的に作物が栽培できるようになります。「科学的検証において、事象を仮説でもいいから論理立てていくこと」を意識して土壌、環境、作物と毎日向き合っていました。そんなある時「面白い技術者が農業をしている」と果実堂の創業者(前社長)の耳に入り、コンサルタントとして果実堂に技術指導をすることになりました。
高瀬さんはコンサルタントとして2010年に果実堂に加わり3年で黒字化に。その3年間、お金を掛けずに「今できる最適化」を考えながら改善点を見つけては実行する、ということをコツコツと続けて来ました。項目は300項目にも上がると言います。例えば、作物を刈り取って保冷車に入れて運ぶ、といったことの中で、動線を考えて待機している保冷車の位置を変えたり、保冷庫の中の棚の数を増やして一度にたくさんの量を運べるようにしました。他にも、土質や雑草一つでも適した道具は異なるので、環境に応じて適した道具を使いやすいような配置に変更したり、5Sや見える化を徹底するなど、効率化するために一つ一つ改善していきました。
効率化することで、会社は売上が上がり、従業員は労務が減るなど、双方モチベーションアップに繋がりました。そしてさらなる効率化のために「機械化」も重要だと考え、社員と一緒になって新しい機械を設計し作成しています。今までは先述した、土を握って土の中の水分量を測る「触診」をすることにより、1棟のハウスで年間6毛作だったものが10毛作まで、栽培回数を増やすことに成功しました。しかし、そうするためには、毎回毎回現場へ行って土を握り土壌水分量を調べ灌水作業をしなければならない。700棟以上ものハウスを持つ果実堂にとっては膨大な作業量となります。
その課題を解決したのが、2015年に果実堂の触診技術を基に東京大学と共同開発した「土壌水分センサーによる遠隔灌水システム」です。現在は、各ハウスに設置され土壌の状態を可視化し、遠隔灌水を可能にしています。データ化することで、多くの畑が点在している状態でも、各畑の水分量や育成具合を把握することができるので、畑に合った肥料や水分を適量与えることができます。その結果、どこで育ったものでも、高品質を保つことができます。合わせて建築士としての知見を活かし、耐風圧にすぐれ日本のベビーリーフ業界において、10回転(毛作)が限界と言われている中、14回転を実現できる高機能ハウス「高瀬式14回転ハウス」を開発しました。今後も16回、20回と増やしていけたら、と思い取り組んでいます。
そして、果実堂が力を入れているのは「人材育成」です。マニュアル化を進めただけではなく、実際に従業員一人一人の技術が熟練するまで、しっかり継続して育成に力を入れました。例えばマンツーマンで指導したり、年に2回技能試験をするなど、一人一人がレベルアップできるような体制を整えています。そうすることで、労務は軽減され休みは増えます。「きつい」「汚い」「危険」の3Kをなくし、効率化することによって労務を改善しています。労務を減らす、というのは第一にありますが、その他にも「「できること」と「したいこと」が合致する世界を作ろう」と高瀬さんは考えました。
「やりたいこと」「できること」「するべきこと」の3つの視点が必要であると考えます。会社なので、「利益を生む」という「しなければならないこと」があり、それに追随する形で「できること」と「やりたいこと」が合致する世界を作ることができれば、従業員にとっても会社にとっても大きな利点になります。そのために「人材のスペシャリスト化」を目指すことが、この考え方を実現することができると高瀬さんは考えています。例えば、車の整備が好きな社員は播種機、収穫機、トラクターの整備を担当してもらう。研究に取り組みたい従業員がいたら研究の道を進んでもらう。または海外で農業がしたい!という社員がいれば、海外の案件を取ってこよう。場合によっては新規事業部を立ち上げるなど可能性は幅広く、様々です。その反面、作業が得意でひたすら作業をしたいという社員もいます。個人個人でその想いは様々なので、年に2回ヒアリングをする機会を設けて本人にあった道を一緒に探します。「社員の“やりたい”を応援し、実現させて成長していく様子を見るのが嬉しい、これからも農業で何か“やりたい”を持った人材に来てもらいたい」と高瀬さんは笑顔でそう話してくれました。
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